A. 当方が制作・発表した漫画作品について企業様に利用許諾を行います。利用内容に応じて利用許諾料(ライセンス料)またはロイヤルティ等をお支払いいただき契約で定めた範囲・期間内で作品をご利用いただきます。
A. 以下の条件に同意いただける場合に限りお受け致します。
① 既存作品の大幅なリテイクは行いません。軽微なものに関しては当方にて修正、または口頭にて回答いたします。
② 作画担当者の選定には当方も関与します。選定後、作画担当者本人と顔合わせを実施し挨拶を行います。実施が難しい場合お受けできないことがあります。
③ 原則、当方が作画を承る事はございません。もし当方が作画を希望する場合はこちらから提案を致しますので、ご理解いただいた上ご連絡の程よろしくお願い致します。
A. 読切・連載を問わず、条件は上記《2》で回答した条件に準拠します。
中一で 止まった背丈 草萌ゆる
三月の 逆光に耳 朱く透く
雪解けや 吾子の黒髪に 虹彩
魂が 仰臥より落ち 虫目覚む
鳥避けに 紛れる燕 空高し
ひなまつり 姪の遺した 占領地
啓蟄や ジジイとババアのじゃんけんぽん
啓蟄や 白帽子のアンダースロー
ホーム越し 友に手を振る 新年度
晩春や 大にも小にもなれぬ板
塀に垂直 晩春の立浪草
蜃気楼 このトンネルは永久か
入学や 無知の眼の黒は澄む
海抜三メートルに 白詰草
三日目の髭 初虹の太平洋
野馬の死骸 海は逃げ水の遥か
法師死ぬ 天竺は逃げ水の遥か
近隣のドレミファミレド 春ふかし
大島渚の構図で 花吹雪
五右衛門と同じ視点の 花吹雪
知らぬ間に 烏に喰われてた 子猫
ものの芽や 生麦生米なみゃつぁまぎょ
雲が山呑み 山 春と変わりゆく
春の昼 お子様ランチ 三度見る
日陰から 日向へ駆ける 春の吾子
ほとんどは 地に落ちるけど しゃぼん玉
君の目は 誰より春光を集む
メンデルの法則 くり抜いた栄螺
春の無人バス運転手の 愚直
朧夜や ルパンを照らすサーチライト
春疾風 船の飛沫が水面翔け
波はチューブ 和布のチューブライディング
アリガタバチ 君の最期は僕が見た
足取りは重く 小蜂の最期かな
最期の春富良野 ラベンダーはまだ
ほうき如意棒に旋風 春日和
ヒトカゲか ゼニガメかフシギダネか 春
ブルドッグ界ではイケメン 春日和
蝶よりも 蜜を吸う子等 花はしご
トミージョンの痕 朧なる三日月
充電を切らさぬように 春ハノイ
切符買う ロリータメイド 春の駅
得意げな姪っ子 春の丘の上
階段へ 黄金の陽と 春と吾子
ケロイドに 隠した記憶 春の雨
非合理な 君の手料理 春の昼
春の朝 死ねば終わるけど生きる
丁髷の椿油に 春の塵
内臓は 暗闇の中 春の朝
白樺に 丸みの葉陰 夏浅し
利尻山 雲を引き裂き 夏来たる
船窓に 初夏のプリズムの微か
コーヒーの粉より小さき泡 白夜
梅雨葎 蜘蛛の巣にプリズムの粒
皆で鳴く中サボってる 油蝉
皆で鳴きすぎて意味なし 油蝉
浴槽の縁に 溽暑のコンドーム
遅れて来 昨夜の酒と蝉時雨
洞爺湖の神死んで尚 夏盛る
七月や トンネルの中心の音
炎昼や かき氷機の 冷たい刃
キスをする 次の花火までの 五秒
吾子はもう 早く落ちろと 線香花火
夕焼けや 三歩後ろの 吾子の影
夕焼けや サンダルの裏の ガムの赤
寄生虫 濃し深海へ 帰省中
シャチホコも 疲れまっすぐ 夏休み
丁度のディスタンス続く 慈雨も続く
残りたる 向日葵一輪も 食はる
用無くも 走る夏日の 日向の子
秘密基地に 秘密持ち込んだ夏
羽しまい忘れ 花弁のてんとむし
暮れ時の小雨 路傍の麦わら帽
圓楽が死んだ それはそれとして夕立
惜敗の 入道雲の 影の青
蜘蛛の目や きみに原子は見えてるか
迫へる鯱 旋回上昇し 夏空
電車内 蟻は何かを 探しをり
大和西大寺は 閑静な街 夏も来る
雨蛙 きみも車に轢かれたか
追われるが如く トンネル走る夏
曲がりまだ見えぬ出口の夏トンネル
トンネルのすれ違う女 冷夏
袖抜ける轟音 トンネルの涼し
太陽光パネルに深山鍬形
夏夕焼 ジュワっと水平線に触る
データ消し 電気消し我 でんでんむし
巻く波の 影の蒼さよ 冷夏の夜
今死ぬか もう死ぬかまだ 足掻く蝿
角丸い 窓に日本海 夏日
隣空く 電車のインド人 夏日
皆目的がある 夏の交差点
細波は なまずの鼾 夏の空
灼けたアスファルト アメンボの死骸
コンクリに 干からびた河豚 夏の空
網戸にへばりつく 吾子と蝸牛
香深港 鮫の骨に吾 似たる夏
狐の嫁入り 補助輪の赤錆
同じ道 ゴマダラチョウに 三度会ふ
冷凍庫 ピザ餅どかし 古アイス
郭公よ 君にも姪っ子がいるか
夏雪草 きみは津波に飲まれるね
ラブレター 送信寸前に 秋雷
リモコンを 押すと同時に 秋の雷
盆休み バッタの足を 千切る吾子
ううん 蜩は捕らないの
満月や 芭蕉の知らぬ 無重力
絹越しの満月 株価大暴落
真夜中のドブ川に 満月煌々
深淵のごと 破蓮を覗きけり
かくれんぼのさなか 団栗をあつめる
夕暮れや 下校時盗む 柿渋し
枝に柿一つ 下校時の挑戦
末枯れと ロシアンブルーの猫まんま
歩きスマホの背の夜に 稲光
パクパクと 向かい風食う 吾子の秋
関所寿司 一口でゆく 秋の晴
七十の母が 吾を背負わんと 秋
吾子の踏む おもちゃの鍵盤 秋静か
水流も 模様に変えて 鮭の秋
返信に 氷も溶けて 秋の暮れ
原爆碑 巡る米国人の秋
閉館の モナリザと二人きりの秋
嘴は欠けても 啄木鳥の連打
ショーウィンドウ 左右反転の秋暁
泥濘の戦地駆ける子 秋曇
最速の 我走らざる 運動会
夜長なり この土地にも雉鳩の声
渋滞を笑う V字の渡り鳥
ベランダに 干すアンパンマン 秋の空
秋天や 八秒田淵のホームラン
平面説信じた 流星の行方
物質主義脱却 我秋天に浮く
肋骨を 叩く鼓動や 運動会
新月や カンパネラ弾く 指の凛
秋の暮 トンネル出口の ナトリウム
秋の暮 定規の目盛 消えにけり
夜長なり 君だけやらぬ SNS
一度会っただけの人に 菊を
水替えて 吾子の写真に 菊香る
海上の菊 養分は沈没船
初霜よ 揃わぬバースデイソング
落選の エレベーターの 枯れ紅葉
モノマネは控え 聖夜のバラードを
朝にはもう無い クリスマスツリー
童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日 朝の真珠湾攻撃
引き出物 傘にし帰路へ 寒の雨
水仙の 折れた先より 凍りゆく
髪よりも 早く伸びる背 春隣
厳冬や マリンスノウと 沈み逝く
終電は棺桶 寒月の煌々
降雪に 逆らい二羽の 冬鴉
麻酔解け 奥歯から納豆コロリ
終末に復活するか 炬燵猫
ゆかりなき 祭りの跡に 冬木立
3.11の刻印 冬の横断歩道
自転車に乗らない理由 雪もよい
アイヌの神死んだ 今日も雪積もる
怒号めく高架下 冬の公式戦
網走は 曇りが似合う 隙間風
冬晴れや 蒸し器の湯気に立ち向かう
立つ湯気に ドン・キホーテの如く 冬
冬の海 人魚も鯱に喰われるか
銭湯の脱衣所 最後に取るマスク
女ならなんでもいいのか 冬の海
冬旱 なぜ刑務所の飯が美味い
軍人の 今際の秘密 雪風巻
凍死なり 浮浪者の手首の輪ゴム
鎌鼬走る白樺 雪木立
凍つる夜や 出来ればまだ死にたくはない
たちこめる部屋走り抜く 冬の風
住宅の影を抜け出し 日向ぼこ
奥歯ぐらり 冬麗の殴り合い
冬風や 鉗子で締むる 大動脈
寝酒して 鏡のおでこ「肉」ひとつ
氷点下 スポンジの血は何色か
冬凪や 寄港の先は シャッター街
冬の夜 厠の窓に 木立あり
才能はもういらないと 冬の星
父に似た 顔映る窓 割って冬
寒夜なり 電話のベルに 息を止め
無限鏡 追う吾子の背の 去年今年
幾周の ランニングマシン 去年今年
ビッグバン 粒子の離合 去年今年
輪ゴムの輪 一捻りして 去年今年
入浴剤 溶けて香は立つ 去年今年
去年今年 環状線のすれ違い
隻腕の 今腱鞘炎 初日記
初晴や 左で描いた クロッキー
初春や 西空を見る人を撮る
御節開け 海老アレルギー 蓋を閉づ
環状線 お前が死んでも俺が乗る
まず結論「漫画の本質は落描き」である
なぜ漫画の「定義」ではなく「本質」なのか
漫画という言葉が包含する意味はあまりに膨大で「絶対的な定義化」が極めて困難だからである
例えば昔、漢語の「漫画」はヘラサギなどの鳥の名前としても使われ、絵とは無関係な意味を持つ言葉だった
日本の書物『漫画随筆』には「漫画」と名前が付いているが内容は随筆だった
江戸時代に『北斎漫画』が誕生し、自由気ままに描かれた数々の絵とともに「漫画」という言葉を広めた
幕末頃には西洋から風刺画が輸入され、明治時代にはそれらも「漫画」と呼ばれるようになった
そこから更に一部のイラスト・版画・アニメーションなども「漫画」と呼ばれるようになり
そして現代ではコミックスも「漫画」という言葉に包含されていくことになる
(ちなみに日本最古の漫画と呼ばれる『鳥獣人物戯画』がそう位置づけられるようになったのは近代以降である)
このように漫画という言葉は様々な対象に使われ、時代ごとにその対象も変遷している
なので「漫画を絶対的な定義化」することは極めて困難なのである
では「本質」は語れるのか
ここからは描き手視点で蒼崎個人の考察を語っていきたいと思う
やはり一番重視したいのは「漫画」という字を使ってきた人たちの意思・想いである
漢字にはそれぞれ意味があり、すなわち使う人も字の意味を考えるはずだろう
では「漫画」はどういう意味か
「画」は当然「絵」を意味している
ならば「漫」は何か
「漫」という字に三水偏が使われているのを疑問に思ったことはないだろうか
なぜ絵に関する言葉に三水偏を使った文字が使われるのか
「漫」という字は元々は水が一面に広がる様を表し、そこから「取り留めがない」「何となく」といった意味が生まれたとされている
つまり「自由で取り留めがなく開けた様」ということである
であるならば「漫画」を字の意味から紐解けば「自由な絵」ということになる
先人たちはこの「漫」という字の意味を利用してきたと推察する
では「自由な絵」とは何か
それが「落描き」だと蒼崎は考えている
ならば「落描き」とは何か
「落描き」=「自由な絵」であるならば「自由な絵」の「自由」が何を意味するのか
そこが定義化出来なければ「落描き」も定義化する事は出来ない
それに対し蒼崎はこう結論づけた
「落描きか否か」の定義は「描き手の精神性」に依拠すると
蒼崎も絵を描く人間だから確信しているが「落描き」=「手抜き」ではない
絵を描かない人には理解し難いだろうが、絵描きには「全身全霊をかけ本気で描いた落描き」が存在している
つまり「本気度」は落描きか否かを判断する基準にはならないという事である
では「本気で描いた絵」が「落描き」になる場合とならない場合、それは何が違うのか
それがまさに「描き手の精神性」の中にある「責任感」だと蒼崎は考える
例えば仕事を依頼された描き手は「責任感」を持って絵を描く
こうなった時、使った技量や時間の多少に関係無く描き手は「落描きをした」という認識を持たないのではないだろうか
逆に誰に見せるでもなく「無責任」に自分が描きたい絵を描いた場合
例え自分の持ちうる時間と技術の粋を集めていたとしても、これを描き手は「落描き」と認識していると蒼崎は考える
であるならば「漫画」=「自由な絵」=「落描き」
つまり「漫画」=「落描き」が成り立つことになる
上記の理由から蒼崎は「漫画の本質(精神性)は落描きである」と結論づけたのだ
終わり
ちなみに「責任のある絵」とはなんと呼ばれるか、そこも考えた事がある
蒼崎はその呼称を「絵画」と結論づけた
つまり「絵」は「絵画(責任ある絵)」と「漫画(無責任な絵つまり落描き)」に分かれ
その二つから全ての絵のジャンルに分岐するのが蒼崎の考える「絵」の体系図である
あれ、そうなるとこれ「定義化」では?
…まあいいじゃんそういうの
|ー「日本画」 |ー「洋画」 ーー「絵画」ー|ー「コミックス」 | |ー「アニメーション」 | |ー「etc...」 | 「絵」ー| | | |ー「日本画」 | |ー「洋画」 ーー「漫画」ー|ー「コミックス」 |ー「アニメーション」 |ー「etc...」
ちょっと待って!絵画的精神と漫画的精神両方持って描いたらどうなるの!?
そりゃ両方持った絵になるだけである
蒼崎の目的は全てを分類可能な状態にすることなので
「7割絵画精神3割漫画精神で描いた水彩画です!」などと
作り手自身が自分の創作物を分類できるようにするのも目的の一つなので
自由に使い分けて欲しい
あと商業漫画家は仕事で漫画を描いてるので矛盾するように思えるが
仕事として絵画の精神でコミックスを描いてる人と
仕事ではあるが漫画の精神でコミックスを描いてる人と
双方の精神でコミックスを描いてる人に分岐するので
矛盾はしないのである(他のジャンルでも同様)
*繰り返すが全て蒼崎渚の創作した定義や本質である そこだけは留意願いたい
万物は固定不変の本質を持たない
それらは相互依存と条件連関によって形を取り現れている
空とは無を意味しない
すなわち万物は空なる器であり器そのものが空である
この理解は仏教の「空」と同じ立場であり存在を本質ではなく構造として捉える視座である
世界には主体の意思によって抗うことのできない理(因果による必然)と運(意思では左右できない偶然)が存在する
両者は世界を流れる一本の大河すなわち順流として主体を包む
主体は抗い得ない理と運を否定することなく抗い得ないものとして受け入れる態度を求められる
死は順流の中でもっとも普遍的な条件である
死から目を背ける者は生の有限性を認識できず現在における能動的な選択や行動を先送りにしてしまう可能性がある
死を受容する者は人生に終わりがあることを前提にその終点から逆算し生を能動的に設計する視座を得る
万物は空なる器でありその意味はあらかじめ定められていない
それゆえに主体は自らの器に意味を見出し選び取り与える自由を有する
何を意味として選び取るかは主体の自由でありそれ自体に正誤はない
ただし何を選び取ろうともそれを行動に移して他者の器を侵害してはならない
この原則のもとで器への意味の充填は主体の能動に委ねられその多様性は肯定される
空を理解し抗い得ない順流と死を受け入れ他者の器を侵害することなく能動的に意味を選び取る主体こそが有限性の世界において実存的自由に至る
是を以て順流性能動的空観とする
本憲章に定める諸原則は創作を職業として選び取った者が社会の中において己の立場と責務を自覚し創作という行為を現実に根ざし継続するための基準である
故に本憲章は「法に従う」「他者を害さぬ」といった万人に共通する人倫を記すものではない
それらは職業者である以前に人として当然に守られるべき前提である
本憲章は以下の条文によって構成される
第零条では創作の定義を
第一条では素性開示の重要性を
第二条では職業賛美の危険性を
第三条では創作職業者の社会的立ち位置を
第四条では自己と作品の評価軸の非同一性を
第五条では創作技術における絶対的優劣評価の否定を
第六条では創作組織を腐敗から守るための原則を
第七条では創作者における評価の外部志向性を定め
後文においてその理念を締めくくる
本憲章は創作を職業として行う者および職業創作に関わる組織・共同体に向けて制定されるものであり創作を職業とせず趣味的または非営利的な創作活動のみを行う者を対象とはしない
創作とは「無から有を生み出す神秘的行為」ではなく「有と有を掛け合わせ新たな有を創る人為的行為」である
本憲章においてこれをもって創作の定義とする
創作者において最も卑劣な行為は正当な理由なく素性を隠すことである
創作とは現実の中にある行為であり創作者が自己を不可視化し神秘性をまとうことは受け手に虚像の超越性を抱かせ創作を本来の表現行為から「信仰」や「支配」の領域へと歪めるおそれがある
人は理解不能な人または手の届かぬ人に神秘性を見出し偶像崇拝的思想を持ちうる生物である
故に素性を隠す演出は自己を分類不能な存在として提示し受け手に神秘性を生じさせやがて自己や作品を信奉させる構造を生む
これは創作を職業とする者が持つべき倫理と極めて相反するものである
故に創作者は自らを分類可能な現実存在として提示し神秘的権威を生まない義務を負う
創作者は自らが特別性を持たぬ普遍的人間であるという事実を常に明示し創作の力を信仰的支配の手段へと変質させてはならない
創作の根は現実に立つ人間の思索と表現の実現にこそ宿る
故に創作者は現実に立ち現実に責任を負う者として存在しなければならない
社会において責任の所在を明確にすることは創作者が公共の信頼を得るための根幹でありこれを怠る行為は社会的信義を損なうものである
社会に関わり職業として対価を得る以上そこには他のあらゆる社会活動・職業と同様の責任およびリスクが求められる
自らを安全圏に隠したまま他者に影響を与える表現のみを社会に放つことは職業倫理において極めて不健全な態度である
故に創作を職業として営む者は素性を開示しその自由の行使に比例する責任を負い社会的影響を自覚しつつ表現活動を継続しなければならない
創作者は第1項で述べられた「神秘性の危険」を自覚しそれを防ぐために自らの素性を明示しなければならない
この「素性の開示」とは①顔貌・②本名・③生年+性別のいずれかを示すことを原則とし受け手が創作者を現実の人間的存在として認識できるようにする行為である
創作者が自らを不可視化すれば受け手はそれを分類不能な存在とみなし第1項で示されたようにそこに神秘性を見出してしまう危険がある
故に創作者は受け手が創作者を現実に存在する一人の人間として認識しその人物像を一定程度推測し得る分類可能な現実存在であることを提示する責務を負う
また婚姻等により氏名その他の表示に変更が生じた場合創作活動における名称変更の有無は創作者本人の自由とする
この開示は創作者が現実に存在する一人の人間であることを明示し創作を社会的活動として成立させるための最低限の倫理基準である
創作者は自己の創作歴を偽ってはならない
創作において虚構を用いることは許されるが創作者自身の経歴を虚構によって偽ることは許されない
真実を隠し虚構で自己を演出し創作者を志す者または社会一般の者へ偽った情報を提示することは創作者に至る過程を偽ることと同義であるが故に受け手に誤った認識を与え誤った選択をさせるおそれがある
特に創作者を目指す者に与える影響は大きく歩むべき道を外させ歩むべきでない道を歩ませる危険性がある
故に創作者はその職業に必要不可欠である創作歴を故意に偽ってはならない
ただし素性開示によって生命・身体・自由・財産または職業上の地位に具体的かつ相当な危害が生じる蓋然性がある場合または性表現など創作者の素性の開示が創作活動に直接的な障害または不利益を生じさせる場合創作者は限定的匿名を用いることができる
一例として実在する個人または組織批判作品の発表に伴う報復やストーキング等により創作者への危害の可能性を考慮する場合などがこれらに該当する
しかしこれらの場合においても創作者は作品への責任を放棄することはできずその責任の所在を明確にするための内部的体制または代行的明示を講じなければならない
限定的匿名は責任の回避を目的とするものであってはならず創作の自由と安全を両立させるための合理的手段としてのみ認められる
素性の開示および責任の明示は創作の自由を制限するものではない
むしろそれは創作者が現実に立脚した上で表現の自由を最大限に行使するための基礎である
創作者は自己の存在と行為に責任を持つことで初めて創作の正当性と社会的信頼を得ることができる
本憲章における諸原則は創作の自由を抑制するためではなくその自由を現実の中において確かなものとするために定められたものである
創作者は自らの職業を神聖化してはならない
創作職業を特別な使命や神秘的行為として賛美することは創作者自身を信仰や崇拝の対象とし創作を本来の表現行為から逸脱させる危険を孕む
職業創作とは現実の中に存在する人間的営みであり社会の一部として成立する職業である
故に創作者は自らの職業を現実的かつ等価な社会的活動として自覚しなければならない
創作職業の過度な賞賛はその権威化を促し表現の自由を狭める要因となる
権威を得た創作者はその影響力と過度な社会的責任により自由な表現を制限される立場となりやがて創作行為における挑戦と自由を失う
職業創作は他の全ての職業と完全に同列でありいかなる特権も有しない
故に自尊心や自己承認を満たすため職業創作をさも権威ある職業であるかのようにしてはならない
権威化は創作を伝統的形式と化し保守の名のもとに表現を固定化させ創造の自由を奪うものである
創作者が自らの職業を賛美しまたは神秘的・超越的な営みであるかのように表現する作品は創作職業そのものを権威化し受け手に誤った職業観を形成させる危険性を有する
故にこれらの作品を制作する創作者はその表現がもたらす社会的影響を厳格に検証し通常の創作以上に細心の注意を払わなければならない
その制作にあたっては当該作品が自らの最後の作品となるとしてもなお世に残すべきものであるかを厳しく問いその公表に伴う責任を生涯にわたり引き受ける覚悟を持って臨まなければならない
創作者は自己の職業が社会の営みの上に立つものではなくその営みがあってこそ成り立つものであることを理解しなければならない
創作は政治・経済・インフラ・第一次産業など人の生活を支える活動が存在して初めて成立し生活を彩る役割を担う職業である
故に創作は社会が安定しているときにこそ最も力を発揮し有事の際においては職業上の公的支援や事業継続支援の優先順位が社会的必要性に応じて後順位となり得ることを自覚し受け入れなければならない
ただし一人の人間として受けるべき基本的人権の保障は他の職業と同等である
社会における職業は上下の序列ではなく円卓を構成する関係として存在する
その中心にある職業が生活基盤を支え中心から離れた職業ほど文化を築く
創作職業もまたその円卓の一角を担う者として他の職業と並列の関係に立ち相互に社会を循環させる責務を持つ
故に創作者は自らの位置を卑下することなく社会全体との調和を理解し円卓の一員として役割を果たさなければならない
創作者は自己の創作物に対する肯定または否定を自己の人格的価値や思想全体の正否と直結させてはならない
創作物と創作者は物理的にも論理的にも同一の存在ではなく作品評価を自己評価へと転化させることは精神的依存構造を形成し自律を欠く行為である
創作者が提供する創作物はまず「商品」として流通する
創作者は自らが商品提供者である事実を自覚し「表現は自由である」という名目をもって批判を拒むことを許されない
創作物は受け手が対価を払い受け取り評価を下した時点において初めて「作品」として成立する(本項における対価とは金銭に限らず受け手が創作物に接するために費やす時間その他の負担を含む)
創作者はこの過程を受容し商品に対する批判・指摘・否定を自己否定と混同することなく受け止める責務を負う
精神的自律を保ったまま評価を受け入れることこそ創作を職業として継続する者の基本原則である
創作において表現そのものに絶対的な優劣は存在しない
創作とは各々が異なる目的と文脈をもって表現し形とする行為である
個々の技術について特定の目的または基準に照らした技能差が生じることはある
しかしその技能差をもって創作表現全体の価値に上下を定めることはできない
故に他者の表現技術を単一の基準によって序列化しその序列を創作そのものの優劣へ転化する行為は創作の多様性を損なうものである
創作者は他者の表現を一律の尺度によって測るのではなくその表現がいかなる目的と文脈によって成立しているかを理解する姿勢を持たなければならない
創作技術は目的および基準が明確に定められている場合その達成度について評価することができる
正確性・再現性・可読性・速度その他の具体的な技能について比較が成立する場合その技術的差異を認識すること自体を否定するものではない
しかしそれらの技術的評価はあくまで特定の目的または基準に対する達成度を示すものであり創作表現そのものの価値を普遍的に決定するものではない
「上手」「下手」という評価を目的および文脈から切り離して創作物全体へ適用することは複数の異なる表現を単一の価値体系へ押し込める行為となる
故に創作者は技術上の差異と創作表現そのものの価値を混同してはならない
創作者は技術的能力を根拠として他の創作者そのものを序列化してはならない
特定の技術において高い能力を有することはその創作者またはその作品が他の創作者または作品より普遍的に優れていることを意味しない
技術評価が人物評価または創作価値の序列へ転化するとき創作共同体には権威と上下関係が形成され創作本来の多様性および自由を損なう原因となる
故に創作者は他者の技術を自己の価値基準によって絶対的に裁くことなく多様な表現の成立を尊重しなければならない
創作職業において賞・コンテスト・添削・採用・選考その他一定の目的および基準に基づく評価が不可欠な場合同業者その他の関係者による技能評価および作品評価は認められる
この場合に行われる評価はあらかじめ定められた目的・基準または制度に対する適合度および達成度を判断するためのものであり創作表現そのものに普遍的な上下関係を定めるものではない
これは職業として必要な判断基準を社会的に共有し新たな人材や作品を選抜するために必要な行為である
しかしながらこれらの制度のうちとりわけ賞制度が「権威の具現化」に依存する構造は第二条で示した「権威化の危険性」に抵触するおそれがある
一方新たな人材や隠れた作品の選抜という賞によって成立している欠かすことのできない業界の流れが存在していることもまた事実である
故に賞という名目のものには必ず「権威付けではなく人材または作品の選抜のための賞である」ことを賞の設立趣旨および募集要項等に明記しなければならない
その際賞金その他の金銭的報酬を設けることは正当な行為であり創作職業を健全な経済活動として存立させるための要件である
創作組織および創作共同体は常に外部との接続を保たなければならない
創作業界はその性質上創作を愛する者が集うことで形成されるが同質的価値観の集積はやがて異なる視点を排除し倫理の停滞を招き最終的には創作そのものの権威化を生む
閉鎖的な環境は創作の自由を守るように見えて実際には外部を遮断し自己正当化の構造を育てる
故に創作共同体は常に社会の風を通し外の目を受け入れる姿勢を保たなければならない
創作組織の腐敗は悪意のみならず善意によっても始まる
創作を守ろうとする意識が強まるほど組織は外への開放を失いやがて内輪的秩序と相互擁護によって腐敗する
この構造は創作そのものへの「愛情」や「献身」すら原因となりうるため外部からの批判や検証を積極的に受け入れる姿勢が必要である
故に創作団体・企業・個人はいずれも第三者的視点を常に取り入れ内部での完結を避けなければならない
創作者は創作行為においては内を向き表現へと還元してよいが社会人としては外に開かれた存在でなければならない
内向きな創作者像はしばしば神聖視されるがそれは表現上の姿勢であり社会的態度としては不健全である
創作を続ける者は社会との接点を絶やさず外部の声を受け入れ業界の透明性を支える一員でなければならない
創作者は創作者としての承認および評価を得ることを目的として創作業界の内部へ自己を向けてはならない
職業創作はその受け手が存在することによって社会的に成立するものであり創作者として評価を求めるべき相手は創作者自身の共同体ではなくその外部に存在する受け手である
創作者が同業者その他の業界関係者から創作者として認められることを自己目的とするとき評価は創作共同体の内部で循環し創作者は外部からの評価よりも内部からの承認を求めるようになる
この状態は創作共同体を内へと閉ざし第三者による評価および検証から遠ざける原因となる
故に創作者は創作者としての承認を求める方向を常に創作業界の外部へ向けなければならない
創作者は同業者その他の業界関係者から得た称賛・推薦・評価・受賞その他の承認を業界外部の受け手から得られる評価よりも上位のものとして扱ってはならない
同業者から認められることに喜びを感じることそのものを妨げるものではないがその承認を特別な価値を持つものとして認識し創作者としての自己価値を確認する根拠としてはならない
創作者は業界内部からの評価もまた数ある評価の一つに過ぎず創作業界の内部にあるという理由のみをもって高い価値を持つものではないことを自覚しなければならない
編集・選考・契約・採用・共同制作・賞・添削その他の職業活動において業界関係者による判断または評価を受けることは本条にいう内部承認の追求には含まれない
ただしその評価を創作者としての権威または優越性の根拠としてはならない
創作者が同業者を評価しその評価を受けた者が権威を得その権威を根拠としてさらに他の創作者を評価する構造は創作共同体の内部に自己完結した価値体系を形成する危険を持つ
創作者はこの循環によって生じる業界内部の評価を創作価値の根拠としてはならず常に創作共同体の外部から評価され得る状態を維持しなければならない
本憲章は永久不変を旨とするものではない
時代背景および文化的変遷に応じ改定および改補を認めるものとする
ただしその改定は時の権力者による専断を排し創作者の民主的合意に基づいて行われなければならない